体外受精

体外受精の歴史と現在

体外受精の歴史は18世紀頃から始まり、1950年代には、ウサギの体外受精実験の成功が報告されました。ヒトの場合は1978年に、イギリスでの成功が報告され、世界初の体外受精よる女児が誕生したという流れがあります。また、この体外受精で生まれた子どもが2006年12月に自然妊娠で男の子を、2013年には次男を出産しました。こうした事実は、体外受精で生まれた女性も、そうでない女性と変わらずに健康な子供を産むことができるということを我々に示してくれています。
その後、各国で体外受精が成功し、そうした功績が評価されることで、2010年には生物学者のロバート・エドワーズがノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
日本では、1983年に東北大学で国内初の体外受精の成功例が報告されました。そして時を経て、日本は世界一体外受精を行っている国となりました。
ちなみに、日本産科婦人科学会の統計によりますと、2017年7月の体外受精を含む生殖補助医療登録施設数は607となり、1年間(2015年)の出生児数は5万1001人になっています。
以上の報告からも、近年では、体外受精を含む生殖補助医療を用いた不妊治療は広く普及されていることが分かります。
体外受精の普及によって、従来の方法では妊娠が難しかった患者様の願いが叶えられるようになった一方で、体外受精に関する課題は今でも山積みです。当院では体外受精をはじめすべての不妊治療を実施いたしますが、こうした倫理的背景も含め、患者様と慎重に話し合いを重ねながら、より安全でより質の高い治療を模索し、患者様にとって満足度の高いものとなるよう努めて参ります。

体外受精とは

女性の卵巣から卵子を採取し、男性の精子と体外の培養液の中で出会わせて受精させる方法です。
受精確認後の受精卵は培養液の中で育てられ、日々細胞分裂を繰り返します。そして順調に発育した良好な受精卵(胚)を選び、原則1個女性の子宮内に移植します。この一連の治療の流れが「体外受精(IVF)」です。

体外受精の対象者

自然妊娠の場合、精子と卵子が卵管内で出会うことで受精します。しかし、卵管が狭いまたはつまっている、あるいは卵管の周囲が癒着を起こしているなどの原因で、卵管内に卵子が取り込まれにくく移動しにくくなっている場合は、不妊症の原因となります。また、女性側の問題だけでなく、男性側でも、男性機能や精子の機能が低下している場合に体外受精の対象となります。
以下の4つのうち、1つでも当てはまった場合は、体外受精の適応となる場合が多いとされます。

卵管性不妊の方

卵管狭窄や卵管閉塞がある方は、体外受精・胚移植法の対象となります。
なお、これらを引き起こす原因は以下の通りです。

  • 重症の子宮内膜症による卵巣周囲の癒着によって、排卵された卵子の卵管内へのピックアップが妨げられたりする場合
  • クラミジアや淋菌などの感染症によって、卵管の中や周囲に炎症が起きてしまい、卵管周囲し、卵管内の卵子・精子・受精卵の移動や卵子のピックアップが妨げられた場合

男性不妊症の方
(造精機能障害など)

「奇形の精子が多い」、「精子の数が少ない」または「精子がいない(無精子)」、「精子の運動性が乏しい」などが起きる障害を「造精機能障害」といい、男性不妊の原因の90%以上を占めると言われています。特に夫またはパートナーの治療(薬物治療や手術治療)を繰り返しても精液所見に改善が認められず、妊娠に至らない場合は、顕微授精を検討します。

免疫性不妊症の方

精子に対する抗体があることで、受精が障害される方も体外受精(顕微授精)の対象になります。
女性側に抗精子抗体または精子不動化抗体が見つかった場合は、体外受精を行っていく場合も多く、これに対し、男性に抗精子抗体がある場合は、顕微授精を検討します。

原因不明不妊症

不妊症の1/3を占めると言われている検査を行っても原因が見つからない不妊症を、「原因不明不妊」といいます。しかし、下記のような2つの原因があるのではないかと考えられています。

  1. 排卵した卵子の卵管内へのピックアップが上手くいかず、卵管内で精子と卵子が受精しない場合
    ※人工授精や体外受精(IVF)を含めた生殖補助技術(ART)の適応となります。
  2. 精子または卵子の質と機能が低下している場合
    ※高齢になるほど、精子も卵子も質が低下していくため、加齢による影響が大きいのではないかと言われています。

体外受精(IVF)の手順

体外受精(IVF)には現在様々な方法がありますが、患者様のライフスタイルや今まで受けてきた不妊治療の方法などを踏まえて、不妊治療方法を決定します。体外受精の手順の概略は以下の通りです。

1卵巣で卵胞を育てる
(排卵誘発)

 

2卵胞から成熟した卵子を
取り出す (採卵)

 

3せい精子・精液の採取

 

4取り出した卵子と精子を
受精させる

 

5受精が確認されたら、
さらに培養を続ける

 

6受精卵(胚)の形や細胞分裂から
良好な胚を選別する

 

7良好な胚を子宮内に戻す
(胚移植)

 

卵巣で卵子を育てる

薬剤で卵巣を刺激させ、人為的に卵子を育てていくのを卵巣刺激法といいます。

卵巣刺激法のメリット

受精卵を複数個得ることができ、その中から良質な卵の選択ができることです。こうした方法を高刺激法と言います。これに対して、月に一つだけ育つ卵子を使って、できるだけ身体に負担をかけない自然に近い状態で治療を行うといった、低刺激法や自然周期法というものもあります。

卵巣刺激法の仕組み

卵胞子を育てるための卵巣刺激剤として、hMG(ヒト下垂体性性腺刺激ホルモン)とFSH(卵胞刺激ホルモン)製剤を使います。そして卵胞の最終的な発育と卵子の成熟を促すために、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)製剤を使います。
また、hCG製剤の代わりに、GnRHアゴニスト(GnRHa)を使用する場合がありますが、この薬剤は使用した早期には、脳から分泌される卵巣を刺激するホルモンの量が増加(フレアアップと言います)します。しかしその後も使用を続けると、逆にホルモンの量が抑えられ(ダウンレギュレーションと言います)、排卵を抑制する作用が起きます。このような作用を用いて、GnRHアゴニストを排卵誘発剤として用いる場合もあります。

排卵刺激法で使用する薬剤

  • GnRHアゴニスト(ショート法)
    月経12~3日目より点鼻薬(GnRHアゴニスト)の使用を開始し、月経3日目からhMG/FSH製剤の注射を行います。卵胞の大きさや血中ホルモン値などを観察しながら採卵日を決定し、hCG製剤を注射して排卵させていきます。GnRHアゴニストの使用により、一時的な卵巣からのホルモン量増加作用を利用するため、GnRHアゴニスト ロング法よりもhMG/FSH製剤やGnRHアゴニストの使用量が少なくて済むというメリットがあります
  • GnRHアゴニスト(ロング法)
    排卵の抑制を目的に、月経開始約1週間前である、前周期高温期から点鼻薬(GnRHアゴニスト)の使用を開始し、月経3日目頃からhMG/FSH製剤の注射を行います。卵胞の発育や血中ホルモン値などを観察しながら採卵日を決定し、hCG製剤を注射して排卵させていきます。年齢の若い方など卵巣機能がある程度保たれている方や、採卵日を調節したい方によく用いられます。
  • GnRHアンタゴニスト法
    月経3~5日目からhMG/FSH製剤の注射を開始し、卵胞がある程度の段階まで発育してきた時点で採卵の時期を調節するために、排卵抑制剤であるGnRHアンタゴニスト製剤の使用を開始します。卵胞の発育などを観察しながら採卵日を決定し、hCG製剤の注射または点鼻薬(GnRHアゴニスト)を使用して排卵させます。現在一般的に行われている方法であり、従来の方法よりhMG/FSH製剤の使用量が少なく、かつ治療期間も短く済むというメリットがあります。さらに、重篤な卵巣過剰刺激症候群 (OHSS)が起きるリスクが少ないというメリットもあります。
  • クロミフェン療法
    通常、月経3日目頃からクロミフェンの使用を開始します。必要に応じて、hMG(FSH)製剤を併用する場合もあります。受診回数と費用が抑えられるメリットがあります。
  • レトロゾール療法
    日本では比較的新しい方法になります。多嚢胞性卵巣症候群(PCOs)やその他の体外受精での排卵誘発に使用します。月経3日目頃からレトロゾールの使用を開始します。必要に応じて、hMG(FSH)製剤を使用する場合もあります。クロミフェンより、子宮内膜の薄くしてしまうリスクは低いです。

卵胞から成熟した卵子を
取り出す (採卵)

鎮痛薬、局所麻酔、そして静脈麻酔の中から、患者様にあった方法で採卵を行います。経腟超音波を用いて、卵胞を確認しながら採卵針を卵胞に刺し、卵胞液ごと卵子を吸引します。

精子・精液の採取

採卵日当日に、精液採取を行います。精液の採取場所は自宅とクリニック内の採精室の二通りがあります。基本的には、精液所見に問題ない方は、自宅採精で精液持ち込みが可能です。採取した精液を培養室内で調整し、運動良好精子が回収されます。

取り出した卵子と精子を
受精させる

培養液内で、採卵された数個の卵子と、適切な濃度に精液調整された良好精子を混ぜ合わせます。このことを”媒精”と言います。

受精が確認されたら、
さらに培養を続ける

1翌日には受精確認を行います。

受精確認(2PN)

2受精卵は、受精2~3日後には4~8細胞に分割し、初期胚になります。

4細胞

8細胞期

3さらに受精5~7日後まで培養を続けると、胚盤胞とよばれる段階にまで発育します。

胚盤胞

受精卵(胚)の形や細胞分裂の状態から良好な胚を選別する

初期胚にはVeeck分類を、胚盤胞にはGardner分類をそれぞれ用います。

分割の速度、胚の割球の大きさや均一性、割球の一部にフラグメントがあるかどうかなど、様々な観点から、良好胚と判断されます。良好胚は着床率や妊娠率が高いとされます。当院では、タイムラプスインキュベーター “Embryo Scope Plus”を使用し、受精卵を大切に培養しております。

Embryo Scope Plus

良好な胚を子宮内に戻す
(胚移植)

初期胚・胚盤胞のどちらの胚でも、移植は行われています。胚盤胞は初期胚より良好胚の選別が簡単で、着床率・妊娠率は高い傾向にあります。しかし、体外での培養時間が長くなるほど胚にとっては大きなストレスとなります。本来は初期胚移植なら出来たであろう胚が、初期胚から胚盤胞までの培養がどうしても続かず、結果的に胚盤胞まで成長しない可能性も出てきます。よって、初期胚、胚盤胞のどちらを移植するかにつきましては、患者様の背景や今までの移植歴などを参考にしながら決めていきます。移植の方法は、細いカテーテル内に培養液と胚を吸引した状態で子宮腔内に挿入した後に、胚を子宮内膜に戻していきます。

体外受精(IVF)における問題点

卵巣過剰刺激症候群
(OHSS)

多数の卵子を採取するために排卵誘発を行いますが、その際に卵巣を刺激することによって起きる副作用です。卵巣が腫大してしまい、時には腹水の貯留が起こり、腹痛、腹部膨満感、血液濃縮、乏尿、血栓症などが生じます。

流産率

健常なカップルが自然妊娠した場合でも約15%程度の率で流産は認められます。平成27年度の産婦人科学会倫理委員会の報告によりますと、新鮮な胚を移植した場合の流産率には26.4%、凍結胚(一時的に凍結し次の周期以降に移植した胚)を移植した場合では26.8%だと報告されています。自然妊娠の場合と比較して、やや流産率が高いと思うかもしれんが、体外受精を行う患者様の年齢層がやや高いことによる、流産率の増加であると考えられています。つまり、体外受精の技術によって、流産率が上昇するわけではありません。

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